CALICO : the PROJECT 手刺繍布

刺繍を宿す、布と村

2012年頃、ノクシカタと呼ばれる現代的な刺し子刺繍を求めて、西ベンガル州のシャンティニケタンを訪れた。タッサーシルクの織りも甘くて、曖昧な刺繍のアウトラインも、何もかもが抽象的で儚げで、それが新鮮だった。聞けば、シルク生地を使った刺繍布の、全ての工程を村の中でやっているという。
陽気な女性が太ももを使って糸をとり、簡易な紡績機で紡ぐところや、頑丈な男性が、経糸を張ったり緒巻きに巻いたりしているところ、年老いた男性が織り、若い男性が彩色をするところ、ムスリムのご家庭で第一婦人も第二婦人も皆が総出で、教え合って刺繍をするところなど、手仕事の原風景を一日のうちに同じ村で見られたのは幸運だった。
そこには、ガンジーが「カディは村という太陽系における太陽である。他の惑星の営みは成り立たない」と言った通り以上のことがあった。でも、それを注文して作ってもらうと、他の州で織られたしっかりした布に、画一的なデザインが施されたものが出来上がった。完成された表布とは対照的に、裏は端を留めていない糸が爛れており、お陰で毎日玉留めをして暮らす日々を送った。
デザインも直線的で素朴だったものが、頼んでもいないのに、勝手に「流麗」になり、街にもたくさんその手のものが溢れ出したので、バングラデシュの素朴なケタにフォーカスする流れで、一旦ノクシカタのプロジェクトは終了した。注文で作るものは、最初の熱や創意が削がれるもので、全く別物を作ることになると肝に銘じつつ、こちらで“デザインをしない”刺繍布の作り方を今も模索している。

西インドの手刺繍布

パキスタンに隣接する西インドは、パキスタンやそれ以西の地域と共通性の高い刺繍のデザインを見ることができる。荒野で土地を持たない人々の生活にとって、布の重要性やその愛着や役割は、穏やかな自然の恵みのなかに生きる我々の感覚では想像が及ばないところが多い。布は、敷物やシェルターとなって家の役割を果たすものであり、先祖と繋がる手段でもある。針を指すことで、先祖が伝えてきた記憶を辿り、布という痕跡として残す。遠く離れていても、その刺繍のデザインでコミュニティを認識することができる。
CALICOは、当初染め仕事を目的にカッチを目指したが、牧畜の民の生活を保護するイニシアティブから生まれたLiving Lightlyの展示を見たのをきっかけに、現代でもすばらしい刺繍の技術が残ることを知り、QasabやKhamirを通じ、独特のアップリケ刺繍を手がけるデバリヤラバーリーとのプロジェクトを行っている。当初は、白いアップリケ刺繍を作ろうと目論んでいたが、ラバーリーのアップリケ刺繍にそのコンセプトはなく、砂漠においては色そのものが思いのほか大事なのだと言われた。そこで、彼らにとっての色とはなんだろうかと考え、元来その地にあった伝統染のアジュラックの残反を使うことにした。


デバリヤラバーリーのアップリケ刺繍のバッグ。協力:Qasab, Khamir, Sufiyan Ismail Khatri, Ibrahim Budda Raman Khatri. 2023年
Photo by Haruhi Okuyama

私たちが信頼する生産団体Qasabと、「ラバーリーばかりが人気で、現代的ではない刺繍は淘汰されるのか」という問いを度々繰り返してきた。もちろん、刺繍の担い手が興味を持ち、やりたいからやるのが前提ではあるが。こちらは2018年より少しずつサンプルを作ってきたジャットの刺繍作品。


「布が朽ちても刺繍は残る」といわれる西インド最強のジャット刺繍。協力:Qasab, 2025年

東インドの手刺繍布

ベンガルのカンタは、サリーのボーダーなどから抜いた色糸で伝統的なデザインやめいめいの表現を施し、古いサリーを重ねて細かい運針で縫い合わせた自由な精神溢れる布だ。そもそもが、家族のために作ってきた布だから、そのあり方もさまざまだ。洗練されたものも洗練されていないものも、どちらも含めて人間らしい布。こちらの勝手なものさしで、良し悪しをつけるようなことを一切やめたくなるようなエネルギーを感じる。
かつては大ベンガルであった、ビハールやバングラデシュなどにも同じような布の伝統がある。一般にスジュニと言われてきた布は、モノトーンで、カンタと比べても素朴だ。ミティラー画の影響で、特徴的な人物や村の光景が刺されるようになった。私の友人Arhana Kumariのように、現代的な作品を作るアーティストもいる。Archanaの村に行くと、“ミティラー画の影響以前“のスジュニを刺す女性たちもいることがわかった。むしろ若い方は、なんの影響も受けず、自分の感性を動かして作っている。これこそが本来のカンタやスジュニの姿かもしれないと近頃は思っている。


Archanaの村で若い女性が手掛けていた刺繍。2024年

バングラデシュでは、Living Blueという団体やその関係者と、主に藍などの天然染料で染めた布を用い、ケタと言われる刺繍布を企画して作る。コロナ禍を経て、女性たちにも気持ちの入れ替わりがあったのか品質がこれまでになく揺らいだが(その時期の作品は安くしてご提供している)、ようやく落ち着き、再び仕事に取り掛かりたいという。


MiAAによる鉄染のカンタキルト。2024年
Photo by Haruhi Okuyama