BANDHANI バンダニ

バンダニとは
染め残す部分を糸で括る、「括り絞り」の布や技法です。「括り絞り」は、世界中に伝わる、布の一部を巻く、挟む、縫うなどの防染により文様を作る「絞り染め」の技法の一種です。
名称はサンスクリット語のbandh(結ぶ・縛る)に由来し、バンデジ(Bandhej)とも。日本の鹿の子絞りや疋田絞りと似た技法で、小さくつまんだ布の一部を糸できつく括った状態で染め、糸をほどくと括った部分が染め残されて点模様(ドット)になります。

バンダニの産地
インド西部のグジャラート州やラージャスターン州が主な産地です。この二州には、古くからバンダニの産地として知られるパキスタンのシンド州から多くの人々が移り住んだといわれます。グジャラート州では、サウラーシュトラ地方のジャームナガールやポルバンダール、カッチ地方のブージ、アンジャール、マンドヴィ、アブダサやアーメダバード近郊、ラージャスターン州では、ジャイプール、ビカネール、ジョドプール、バールメール、ナスドワラなどが有名です。
インド国内ではほかにマディヤ・プラデーシュ州、タミル・ナードゥ州、カルナタカ州、アッサム州、西ベンガル州などでもバンダニが作られています。地域やコミュニティによって、様々な種類のアイテムやデザインがありますが、その技法はほぼ共通しています。グジャラート州のサウラーシュトラの人々が移り住んで伝えられたという、タミル・ナードゥ州マドゥライの絞り染めはスンガディ(Sungadi)と呼ばれています。
バンダニの歴史
起源は定かではありませんが、絵画や文献に残された記録から、その歴史の長さをうかがい知ることができます。
例えば、7世紀頃までに描かれたアジャンター石窟群(西インドのマハラーシュトラ州)の壁画には、侍女がバンダニらしき文様の布を纏っています。
主要産地であるグジャラートのバンダニは、12世紀にムルタン(現在のパキスタン・パンジャーブ州ムルタン)やシンドから移住してきたコミュニティによりもたらされたとされています。18世紀にはイギリスの東インド会社を通じたヨーロッパ向けの交易品として注目され、グジャラート州カッチのほかジャムナガールやムンバイでも生産されるようになりました。またベンガルからは18~19世紀初頭に絞り染めを施したシルクのハンカチがロンドンへ、また西インド諸島や東アフリカなどにあるイギリスの植民地へと輸出され、それが「バンダナ」の語源になりました。
バンダニは、輸出品としてだけでなく、各産地の周辺地域を中心に、晴れ着から普段着まで、あるいは生活の布として、人びとの暮らしに根づき、利用され続けてきました。元々染色にはそれぞれの土地の天然素材が用いられていましたが、安価で効率のよい化学染料が導入されるとそれらへの移行が進み、しだいに伝統的な染色に関する知識は失われていきました。その一方で、ほんの一握りですが、天然染料を用いた染めを復元する職人もいます。
バンダニを手がける人びと
インドの手仕事の多くがそうであるように、バンダニも特定のコミュニティのなかで家業として受け継がれています。一般的に括り作業は女性、生地の洗いや染色は男性と分業されてきました。括り作業をする人はバンダナラ(bandhanara)と呼ばれ、その多くの作業は特別な工房の中ではなく、各家庭やその軒先で行われます。女性たちは結婚前から括りの技術を身につけ、子育てや家事の合間の自由な時間に作業をします。またバンダニには下絵の輪郭に沿ってドットを作るサルカム(sarkam)と輪郭の内側をドットで埋めるバールティ(bharti)がありますが、より括りの数が多く、緻密な作業が必要になるバールティを専門とする括り職人もいます。

バンダニをまとう人びと
バンダニには地域・コミュニティにより、それぞれ定番のアイテムやデザイン、色、素材があります。ひとびとはバンダニを纏うことで、自分の属性だけでなく個性も表現してきました。バンダニはサリーやオダニ(Odhani/ショール、ベール)など大きな長方形の形態で用いられることが多いのですが、アバ(ドレス)やチョリ(ブラウス)、ガーグラー(スカート)に使うコミュニティもあります。一方で“バンダニ風”の安価なプリント生地が出回り、日常的にはそちらを目にすることのほうが多いですが、伝統的な定番アイテムとそれをまとう人びともまだまだ健在です。ここでは各地の代表的なバンダニのアイテムを紹介します。

今回はグジャラートのバンダニを特集してご紹介します。(ラージャスターン篇に続く予定です)
We are featuring Bandhani from Gujarat this time. (Rajasthan chapter will be followed later.)
ガルチョーラー Gharchola
元々は「家着」という意味の、グジャラート州サウラシュトラの王族や商人が纏っていたサリーでした。現在ではおもにヒンドゥー教徒とジャイナ教徒の花嫁がまとう特別な赤いオダニとして作られています。素材は薄いコットンやシルクで、金や銀のザリ(金属糸)を織り込んで全体をマス目状に区画し、区画の内側を白や黄色の絞り文様で埋めたデザインが特徴です。

コンビー Khombi
カトリーやメーモンなどのイスラム教徒のコミュニティの花嫁がまとうオダニ。伝統的なものは、赤や黒の生地に白のドットで植物柄などの絞り染めが施されています。

チャンドロカニ Chandrokhani
イスラム教徒の義母から花嫁に贈呈される黒と赤のオダニ。デザインには人物モチーフが使われず、「月のような」という意味の名前の通り中心に月のようなメダリオンが配置されるのが特徴です。普段着としても使われます。

ルディ Ludi
牧畜民であるラバーリーの女性が日常的にまとうウールのオダニ。彼女らが暮らす乾燥地域の強い日差しや砂ぼこりから、そして寒さからも身を守る役割を果たしてきました。結婚し、第一子を出産するまでは黒ベースに黄色または錆色でドットをあしらったスハガディ、第一子出産後は黒ベースに赤のドットをあしらったサトバティリ、やがて未亡人になると黒い無地のジミと、デザインが女性のライフステージを表しています。

メーグワールのオダニ Odhani of Meghwar
ヴァンカル(織り師)コミュニティのメーグワールの女性が纏うオダニ。ヴァンカルが織った布をカトリーが染めて仕上げられる。赤やオレンジのボディに、黒く大きなボーダーや中央の円が特徴。

工程 Process
- 生地の前処理 Fabric pretreatment
生地を洗って糊を抜き、不純物を取り除く。生地全体を下染めすることもある。デザインや厚さに応じて、生地を2回、または4回折りたたみ、縁に沿って軽く縫い合わせて固定する。
- 下絵つけ Underpainting
かつては「ゲル(geru/水で溶いたベンガラ)に浸した木版でプリントしていたが、現在ではワックスペーパーに染料液で模様を手描きし、それを生地に重ねて上から針で刺すことで転写することが多い。
- 括り Tying
多くの場合、女性たちが下絵の線に沿って細かく生地を括っていく。小指の爪や先のとがった指輪で生地の一部を引き上げ、その先に「デリ」と呼ばれる丈夫なコットン糸を巻きつける。この動作を、ボビンとして使われる「ブンガリ(ガラス管)」と「ナクロ(指ぬき)」に巻いたデリを引き出しながら必要なドットの数だけ途方もない回数くり返す。ひとつのドットは「ビンディ(bindi)」と呼ばれ、それらには、基本的なドットの「アニワリ・ベーンティ」と、細かい円からなる「マタワリ・ベーンディ」がある。
また、ラジャスターンのバンダニは、ダビ(dabbi/小さな箱という意味)と呼ばれる四角いドットを特徴とする。

- 染め Dyeing
括り作業後は、生地を染色工房に戻し、染色する。湯洗いし、きれいにした後に、最も明るい色(通常は黄色)から順に染めていく。一色染めるごとに、括りを担当する女性たちに生地を戻して次に防染する箇所を追加で括ってもらう。このやりとりを必要な色の数だけくり返す。染め作業は、作業中に結び目がほつれないよう細心の注意を払って行われる。

- 乾燥・仕上げ Drying and finishing
染め上がった生地を乾かしたあとは、デリ(括りの糸)をとるために、対角線上の左右の端から、左上と右下、右上と左下というように、多くの場合、ふたりで同時に引っ張る。生地にテンションがかかったところからその結び目が開き、防染されていたドットの部分が次々と覗く。引っ張りながら、生地についたデリも回収することが多いが、“本物”の証としてあえてそれをを残し、模様の確認用に一部分だけ伸ばした状態で販売されることもある。

SIDRクラフト About SIDR Craft
バンダニ・カトリーの家に生まれたアブドゥラとアブドゥルジャバールの兄弟は、一度絶えた伝統的なバンダニを復元するために、叔父や女性たちにバンダニを学び、1992年に工房を設立しました。以来、積極的に古典柄の復元と板締め(clamp dye) などの新しい表現に取り組んでいます。バンダニは、女性の括り仕事なしでは成り立たず、現在8つの村の200名以上の女性たちと仕事に取り組んでいます。コロナ渦中に、伝統染料および新しい天然染料の専用スタジオも新設し、研究と実践を行っています。

参考文献 References
- 布がつくる社会関係―インド絞り染め布とムスリム職人, 金谷美和, 思文閣出版, 2007
- Tie-dyed Textiles of India Tradition and Trade, Veronica Murphy and Resemary Crill, Victoria and Albert Museum, 1991
- インドの伝統染織:スイス・バーゼル民族学博物館蔵, マリー・ルィーズ=ナブホルツ-カルタショフ, 紫紅社, 1986
- Indian Tie-Died Fabrics, Alfred Bühler, Eberhard Fischer and Marie-Louise Nabholz, CALICO Museum of Textiles India, 1983
調査編集協力者 Contributor
- フィールド調査協力:アブドゥラー・カトリー(SIDRクラフト)、アブドゥラジャバール・カトリー(SIDRクラフト)、アブドゥルアジーズ・カトリー(カミール)、ヤコブ・フサイン・ポターイ、ヴァンカル・シャムジー・ヴィシュラム
- 資料調査協力:内村航、笠井良子、グエン・チャン・シミン
- 翻訳協力:グエン・チャン・シミン
- 編集協力:笠井良子
- 調査企画編集:小林史恵
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