CALICO : the PROJECT 手染布
THE WEST 布片と憧れの天竺
古より、日本人は、中国とその先の国々から届く珍しいものを眺めてきた。大陸とは、日本列島からは容易に渡ることができない彼岸だった。まるで宙から降る隕石のように、布片に投影された情報やデザインを手掛かりに、大いなる想像を膨らませてきたに違いない。
大陸の自然が美しく抽象化され配置された更紗は、とりわけ憧れの的だったはずだ。ひととき俗世を離れ、茶の湯で交歓しようとする人々にさぞかし珍重されてきただろう。
インドで仕事をするうちに、あまりにたくさんの素敵なブロックプリントの文様に囲まれて、この世にこれ以上新しいブロックプリントのデザインはいらないのではないかとさえ思っていたが、それでも極東で更紗を見てきた日本人だからこそ手掛け、見ていただけるものがあるのではないかと、少しではあるが、古渡更紗を復刻したデザインなどを企画して作った。
同じ文様でも、時代や場所、ひとによって、その重みや意義が違う。布片を中心に、私たちは相対していて、その受け取り方こそが文化なのだと思うと、それは固定していた私や私の近しいインドの友人たちの視点をぐるっと回転させた。
布片は語る。西(西欧)がインドの布にオリエンタリズムを感じてきたのとは違う文脈で、こちら<東>から熱い眼差しを注いできたこと、日本にとってインドこそが憧れの<西>であり続けたという壮大な前提について。まるで重量の違うよその星の石のように。
西インドの絞り染
西インドのブロックプリント
南インドのブロックプリント_coming soon
西インドの絞り染
絞り染は、インド各地に点在する伝統技術だが、特に西インドが盛んだ。グジャラートやラージャスターンでは、オダニとよばれるショールやグーンガットとよばれるヴェールに、バンダニと呼ばれる括り絞りや、ラハリアと呼ばれる巻絞りが施されている。日用という意味では、ほとんどがスクリーンプリントやデジタルプリントに代替されているが、人々が本物の絞り染を着用する姿もまだ目にすることができる。
CALICOでは、カッチのSIDRクラフトが2018年の「カッチの布」展で来日した際、日本のシボリを真似たという誤解が生まれたことを機に、伝統的なラバーリーのデザインを復元するプロジェクトや、バンダニを語源とするといわれる“バンダナ”のプロジェクトを始めた。また近年、ラージャスターンで天然染によるラハリヤやモタラのデザインプロジェクトを行なっている。
SIDRクラフトと手がけたバンダニのアバ(ドレス)2023年
Photo by Haruhi Okuyama, Modeling by Chisa Matsumoto
ラハリヤ(巻き絞り)をする女性 2025年
西インドのブロックプリント
ブロックプリント(木版や真鍮版による捺染や抜染)は、その表現の豊かさや手軽さから、多くの人に愛される手仕事布のひとつだ。現代では、ブロックプリントと全く見分けのつかないスクリーンプリントやデジタルプリントも沢山出回っており、ブロックプリントそのものを見る機会は急激に失われつつある。インド各地にある伝統だが、その中でもラージャスターン州各地に伝わる伝統柄は特徴的で、内外のコレクターの関心を集め続けている。また、カッチやバルメールでカトリーコミュニティの職人の手によって作られるアジュラックも、その工程と洗練されたデザインを維持することで注目される。元々は、パキスタンのシンド州から伝わった牧畜民向けの素朴な図柄の布だったが、近年、その伝統技法を活かし、新しい表現に挑む職人が多数輩出されている。
ブロックプリントの多くは、主に手描布に代替するもの、あるいは、それを効率化したものとして、宮廷文化の中で育まれてきた。また、西インドの多くの村で、特定のコミュニティに対して作られ、使われてきた。それらの布の一部は、近代になってキャリコプリントともよばれ、西欧や東アジアの国々で注目を集めた。一部は日本にも渡り、更紗と総称された。
ラージャスターンのブロックプリントは、元々地域毎に多様であった。チーパと言われるプリンターによって、あるいは、村や家、使い手によって、少しずつ異なるデザインがあしらわれてきたが、そうした文化そのものが今消え失せようとしている。現地の研究者であるMadan Meena氏は、村で最後のチーパが廃業し、代々使われてきた木版が打ち捨てられるのを見て、ブロックプリントのアーカイブ・プロジェクトを立ち上げた。日本からも、岩立フォークテキスタイルミュージアムや研究者であり日本画家の畠中光亨氏らに協力を仰ぎ、70年代以降に作られたブロックプリントデザインのイメージを少しずつ集め、協力を行っている。
CALICOのブロックプリントの取り組みは、日本人がかつて憧れ、愛でてきた更紗の系譜を復活させたいというところから始まったが、やがて職人や彼らの家族に会い、その文化を知るたびに、彼らが伝統的に重んじてきた調和の取れた柄に惹かれていった。現代的な柄も、彼らが手がけるからこそ面白く、ご紹介することもある。
バロートラプリントのガーグラー。2024年
Photo by Haruhi Okuyama
古渡更紗柄を真鍮の版で起こしたもの。2022年
Photo by Haruhi Okuyama
正統アジュラック柄を用いたソニドレス。2023年
Photo by Haruhi Okuyama, Modeling by Chisa Matsumoto
Sufiyan Ismail Khatriによる500カウントミニアチュールアジュラックショールなど。2024年
Photo by Haruhi Okuyama, Modeling by Chisa Matsumoto
Dr. Ismail Mohamed Khatri氏。奈良で開催したアジュラックのワークショップの様子。2024年