"Inspiration follows aspiration"
閃きは想いに導かれる
昨年3月に、ベンガルの村でのミーティング中に、好きなタゴールの詩を教えてと頼んだ。
それはずっと考えていたことともいえるし、突然思いついたことともいえる。
ベンガルで素晴らしいカディやジャムダニを織っていただいているが、それが彼らが本当に織りたいものなのか、好きなデザインなのか、というのがいつも頭ののどこかでひっかかっていた。
普段は物静かなニルマラが、大きな眼をぎょろりとさせて、携帯でいろんな詩を検索しては読み出した。英語の訳を教えてもらった。そうすると、別のひとがまたこんな詩もあると読み上げた。ヴァラナシ近郊の出身で普段はベンガル的なものに少し距離を置こうとするアニルでさえ、タゴールのこととなると話は別のようであった。
だいたい皆が好きなフレーズが出揃ったところで、私がひっかかったのが、冒頭の句であった。
あらゆる創造的な仕事に、閃きは不可欠である。閃きは、ひとが新しくその門を叩いてくるということ。あるいは、新しい刺激をもたらしてくれるということ。
それが微かな光のようなものであっても。戸から入ってくる冷気のようなものであっても。
インドのさまざまな団体や職人と働く中で、自主的な創造がある人たちとそうでない人たちの差を大きく感じるようにもなっていた。
インドの多くの地域の織り師にとっては、考えない態度こそが健全であった。それを否定するところは全くない。ただし、カッチの人たちが仕事に対してもつ喜びや誇りの一分がこちらにあってもよいのにと思うところもある。
彼らが興味をもって目を輝かせて織りたいものを一緒に作れたらと。
ベンガルが誇るタゴールの詩を、ベンガルが誇るジャムダニに寄せる試みは、現地の方々の気持ちを駆り立てる試みになっているようである。少しは。
日本の方はどう思われるだろうか。関係ないことと思われるだろうか。
想うことや願うことを長らく封印されてきた人々が、それを開花させると何が起きるだろう。それを考えるととても楽しみだ。
コロナ禍の最中、彼らの周りの多くの家に機械の機が導入され、ローカル向けの安い化繊のサリーが織られるようになってきた中で、彼らが尚、手織の仕事を続けていくのには、金銭だけではない何かがあるはずだ。
それと、冒頭のタゴールの詩は無縁ではない。
本年もよろしくお願いいたします。
#tagore #inspirationfollowsaspiration #RabindranathTagore #bengal #westbengal #happynewyear #calicotheartofindianvillagefabrics #calicoindiajp #calico